とりあえず今は現実逃避して、文化的なことや当時の人々の様子にでも、うつつを抜かすことにしましょう。
今回は、とある肖像画を取り上げたいと思います。
イザボーの生前の姿を、おそらくかなり正確に捉えているのが、この写本挿絵です。イザボーは、女流作家のクリスティーヌ・ド・ピザンに作品集を作るよう依頼し、完成した冊子の口絵として、この挿絵が描かれたといわれています。
女流作家クリスティーヌ・ド・ピザンから本を贈呈される王妃イザボー。 『クリスティーヌ・ド・ピザンの作品』1413年頃、パリ 大英図書館 所蔵 MS Harley 4331, fol.3 出典:ウィキメディアコモンズ |
同じ時代の他の挿絵にも、こんな服装や髪型をした高貴な女性がたくさん登場します。
ただ、小さなイラストに過ぎないため、同時代のもっと大きな肖像画があるらしいと知って、気になっていました。
それが、アメリカはワシントンD.C.にある国立美術館「ナショナル・ギャラリー」に所蔵されている“Profile Portrait of a Lady”(ある貴婦人の横顔肖像画)です。
1425年以前のヨーロッパで描かれた女性の個人肖像画では、現存する唯一の作品。 『Profile Portrait of a Lady』1410年頃 Andrew W. Mellon Collection ナショナル・ギャラリー所蔵 出典:ナショナルギャラリー |
この“Profile Portrait of a Lady”という肖像画。
Googleブックスで、1986年刊行のナショナルギャラリー公式カタログに解説が書いてあるのを見つけました。カタログの解説によると、1425年以前のヨーロッパで描かれた女性の個人肖像画では、現存する唯一の作品とのこと。
制作年をはっきり特定することはできないものの、服装や画法からして、1400年代はじめの作品であることは明らか、と書いています(一応、公式には1410年頃の作としているようです)。そして、画家もモデルになった人物も不明ながら、描かれているのはフランス宮廷近辺のかなり身分の高い女性だろうとのことです。
従ってモデルのこの女性は、イザボーもよく見知っていた人物か、イザボー本人である可能性も無きにしもあらず、というわけです。
ナショナル・ギャラリーの公式サイトでは、この絵を超・超・超・高解像度で公開しているため、現物ではここまでは無理だろう、というくらいまで肉薄して観察することができます。
この加工秘話がなかなか興味深く、自分の学説を正当化するために勝手に加筆した人がいたらしいとか、塗りつぶされていたビーズがクリーニングで蘇ったり、もはやいつ行われたのか分からない改変が見受けられるなど・・・現在に至るまでの600年間には、紆余曲折あった模様です。
それでも、多くの加筆修正にもかかわらず、この絵は1400年00年代の特徴を留めている、とカタログには書いています。
確かに、とてもゴージャスで、いかにもシャルル6世とイザボーの時代らしい華やかさを、この絵からは感じます。
ハイネックから開襟シャツが飛び出すという、どちらも諦めないわがまま仕様。
おそらく金糸による刺繍。
凝りに凝った謎のヘアスタイル。
ずっしりと重そうなペンダント付きチョーカー。
ハイウエストな位置にあるベルト。
歩けば良い音が鳴りそうな、金ぴかのビーズのタッセル。
そして、この絵では端まで描かれていないけれど、振り袖みたいに大きな袖口。
残念ながら、この絵が描かれたであろう1410年以降、アルマニャック派とブルゴーニュ派による内戦と、それに次ぐイングランドとの戦争、疫病や飢饉による荒廃のために、シャルル6世の宮廷の全盛期の豪華さは、急速に失われていきました。
絵画やタピスリー(つづれ織り)の数々は、売ったり盗まれたりで散り散りになり、人々のファッションからは実用的でないデコレーションが消えていきました。刺繍も地味になっていきます。ついには、シャルル6世時代の王宮だったサン・ポール館は廃墟となりました。
そうなる以前の幻の宮廷生活の面影を、この肖像画は伝えてくれているようです。
来歴の詳しいことは分からないこの絵ですが、損傷が激しかったのは、こういった戦乱や荒廃をくぐり抜けてきたからではないのかな、とも思うのです。
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