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イザボー研究の神、ヤン・グランドー先生

2023/05/20

参考文献

t f B! P L

今回は、フランス王妃イザボー・ド・バヴィエールの熱心な研究者、ヤン・グランドー先生(Yann Grandeau)の著作についてまとめてみたいと思います。

Ag KuによるPixabayからの画像

イザボーにまつわる面白い論文が多数

今まで何冊か書籍を取り上げましたが、今回取り上げるのは、研究者による学術論文です。

グランドー先生は、イザボーに関する論文を何本も書き、様々な学術誌に発表していました。
西洋中世史の総合データベース「RI OPAC」でYann Grandeauと検索して出てくるものが、ほぼ全てと思われます。

それによると、先生が書いたイザボーにまつわる論文は、以下の8本。


論文タイトル タイトル拙訳 掲載誌 発表年
1 Itinéraire d'Isabeau de Bavière イザボー・ド・バヴィエールの道のり Bulletin philologique et historique (à 1610) du Comité des Travaux Historiques et Scientifiques 1967
2 Les enfants de Charles VI.Essai sur la vie privée des princes et des princesses de la Maison de France à la fin du Moyen Âge シャルル6世の子供たち。中世末期のフランス王家の王子女の暮らしに関するエッセイ Bulletin philologique et historique (à 1610) du Comité des Travaux Historiques et Scientifiques 1969
3 Le dauphin Jean, duc de Touraine, fils de Charles VI (1398-1417) 王太子ジャン、トゥーレーヌ公、シャルル6世の息子(1398-1417) Bulletin philologique et historique (à 1610) du Comité des Travaux Historiques et Scientifiques 1971
4 La mort et les obsèques de Charles VI シャルル6世の死と葬儀 Bulletin philologique et historique (à 1610) du Comité des Travaux Historiques et Scientifiques 1974
5 De quelques dames qui ont servi la reine Isabeau de Bavière 王妃イザボー・ド・バヴィエールに仕えた幾人かの女官たち Bulletin philologique et historique (à 1610) du Comité des Travaux Historiques et Scientifiques 1977
6 Les dernières années d'Isabeau de Bavière イザボー・ド・バヴィエールの晩年の日々 Valenciennes et les anciens Pays-Bas. Mélanges offerts à Paul Lefrancq 1978
7 Isabeau de Bavière, ou l'amour conjugal イザボー・ド・バヴィエール、 あるいは夫婦の愛 Études sur la sensibilité au moyan age-102e congrès national des sociétés savantes, Limoges 1979
8 L'exercice de la piété à la cour de France. Les dévotions d'Isabeau de Bavière フランス宮廷における信仰の務め。イザボー・ド・バヴィエールの献身 Jeanne d'Arc. Une époque, un rayonnement 1982
60年代後半~80年代にかけて、15年の短い期間に、先生はモーレツな勢いでこの論文たちを書き上げたのでした。

このうちいくつかは幸運にも入手することができ、いくつかはオンラインで閲覧が可能ですが、中身もタイトル負けしていません。
取り上げられているエピソードは、叫びたくなるくらいマニアックです。

「シャルル6世が太っている王太子に、狩りによる運動をすすめた話」、「フィリップ豪胆公が大姪たち(シャルル6世とイザボーの娘たち)とサイコロゲームで遊んだ話」「イザボー兄が妹に宛てたイヤミな手紙」等々・・・。
一体どうやって発掘したの😱

ライブキッチンにハマる

今まで紹介してきた本も含め、多くの伝記や解説書は完成したお料理に例えられるのではないか、と思っています。

産地(情報の出どころ)や生産者(その道の専門家による先行研究)をきちんと明示しているものもあれば、怪しいものもあり、料理人による味付け(解釈)が個性的なもの、お料理というよりはおやつみたいなもの(小説)まで様々あります。

その点では、グランドー先生の作品郡は論文なので、少しテイストが違います。

素材が、料理人のパフォーマンスによってお料理に生まれ変わる、その過程まで楽しむライブキッチンようなもの、と言えるかもしれません。

猟師&料理人(研究者。ここではグランドー先生)が、海や山や砂漠(アーカイブの森)で狩り(史料探し)をしてくる。

収穫物を捌いて下ごしらえ(中世人のミミズのような字を解読し、活字化)

素材をお客さんの前にたくさん並べる(論文下の註に並べられた、活字化された中世のテキストの数々)

そのいくつかをピックアップし、目の前で実演調理(本文における解説)をしてくれる。

このライブ感、つまり原史料ありきの論文を解読する楽しさには、中毒性がありますね。

マニアックの意味するところ

一見、先生の個人的関心に走りすぎたような論文ですが、それぞれの研究に、深い意味がありました。

イザボーは、歴史的には敗者であり、誹謗中傷と悪評にまみれた人物です。
では実像はどうだったのかというと、年代記作家による描写や個人的な手紙など、分かりやすい形での史料はあまり残されていません。

そこでグランドー先生は、帳簿やフランス外に残る史料も合わせて精査して、伝説を洗い落としていきます。

子供たちの生活からは、母としてのイザボーの姿を。
人生行路からは、イザボーの乱行が伝説に過ぎず、至ってまじめに家族と一緒に暮らしていたことを。
夫婦愛の痕跡からは、イザボーが一体どんな気持ちで狂気の王シャルル6世と添い遂げたのだろうか、ということを。
晩年についての調査からは、「孤独で惨めに死んだ」のが行き過ぎた伝説に過ぎない、ということを、浮かび上がらせていくのです。
こういう細かい調査は、中世末期の王権やジェンダーの研究などにも繋がるでしょう。

イザボーの伝記を何冊か読んだ後で、先生の論文を見ると、「それ、見たことある」というエピソードがいくつかあります。
それは、伝記の多くがグランドー先生の論文を参照して書かれているからですね。
イザボーを愛した先生の研究は、後世に確かな爪痕を残しているようです。

正体不明の研究者

これほどまでに熱心に、論文をたくさん書いたグランドー先生。

先生がこんなにイザボーを大好きになり、研究に身を捧げるようになった経緯が不思議ですが、その正体はさらによく分かりません。

インターネットで「Yann Grandeau」と調べると、先生が書いたと思われる、家系図調査のやり方とジャンヌ・ダルクの本ばかりが出てきます。
グランドー先生は、一般読者向けに出版した本がこの2冊だけというような、草の根の研究者だったのでしょう。
後は、どう頑張ってみても、どこ出身のどんな人だったのか、生没年すら謎のままです。

そうそう、唯一掴めた情報がありました。

現代のイザボー研究者の一人、レイチェル・ギボンズ先生は、1996年に自身の著作の中でこう言及しています。
「ヤン・グランドーは、研究の数々を完成作品に発展させる前に、悲しいことに亡くなりました」と。

つまり、先生はもう亡くなっているのですね。

それぞれの論文については、また追々、紹介をしていきたいと思います。

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中世末期の西ヨーロッパ史、特に王家の人々に関心があります。このブログでは、昔から興味のあったフランス王妃イザボー・ド・バヴィエールについてを中心に発信します。

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