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パリ入城式&戴冠式④

2026/05/02

楽しむ 文化

t f B! P L
お待たせいたしました。長らくパリ城門の前に足止めを食らっていたイザボー一行が!ようやく!パリに!入城します!



先の記事の通り、イザボー一行はテーマパークのパレードよろしく、サン・ドニ通りを南下していき、周囲には溢れんばかりのパリの民衆が押し合いへし合いする状態。警備スタッフとして道を空ける官吏たちも大変です。

が、イザボーもすごく頑張りまして、タフな姫であることを見せつけました。
なにせ、8月の盛夏、毛皮のついた正装、当時の世界観で「世界中の人が集まったみたい」とまでいわれた民衆の熱狂、しかもこのとき彼女は妊娠中期でした。そんな中で、覆いもない輿の上で夕方まで姿勢を正していたのですから(しばしば長時間馬に乗って移動する社会ではありました)。

ではスタート。
マップ内では「王冠を預け、初日は終了」とあるが、実際は入城式と同日に戴冠式まで行い、翌日に同じ場所で別途、聖別式をおこなったようです。事実誤認をお詫び申し上げます。
パリ16OpenStreetMap の貢献者H. ノイゼ、A.-L. ベーテ、N. フォシェール (パリ都市空間の時系列分析)を一部加工。CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

サン・ドニ門で歓迎

イザボーの輿が最初に通ったのが、シャルル5世城壁のサン・ドニ門。これは門というより豪奢なエントランスのようになっていたと思われ、天上には星空が描かれていて、イザボー歓迎のため、“フランス王家の百合と、バイエルン公家のダイヤ柄”の紋章が飾られていました。
見上げると天使の格好をした子供たちがたくさんいて、ずっと歌を歌っている。さらには、聖母マリアと幼子イエスに扮した像が2人いる。これは扮装した人たちだったのか、機械仕掛けのオートマタだったのか、彫像だったのか、管理人には分かりませんでした。

噴水と金杯ガールズ

このエントランスを抜けると、サン・ドニ通りの広場の噴水のところに出ます。噴水は王家の百合紋を散りばめた布で覆われていて、柱にはフランス貴族らの紋章があしらわれていたといいますから、この時代の図像作品でときどき見る、テント状になっていたのかもしれません。
このようなものを想像します。真相やいかに。
Cod. 2657, fol. 1v: La justification du duc de Bourgogne ...
オーストリア国立図書館 所蔵(Cod. 2657 fol. 1v POR MAG
そしてここには、金の帽子をかぶった若い女の子たちがたくさんいて、歌いながら噴水から溢れるドリンクを、金杯でみんなにサーブしてくれていました。フロワサールは、この「水の代わりに」溢れていたというドリンクについては、「クラレ(Claire)や素晴らしいピメン(Piement))」と書いているようです。
1808年に書かれた英訳版曰く、「クラレ」は分からないが「ピメンテ」はハチミツ・ワイン・様々なスパイスでできたリキュールとのこと。現代の電子辞書によると、クラレ(Claire)はワインではないかと思います。
ところでこの金杯ガールズは、どこかの団体のスタッフだったのでしょうか、ボランティアだったのでしょうか。噴水のようにあふれ出る疑問を残して、イザボーたち一行はゆっくりゆっくり進んでいきます。

ジュルサンによると、ここだけでなく、街のいたるところにある噴水はすべてミルクやお酒や清水が出るようにされていたようです。

十字軍の劇

イザボーたちが三位一体僧院のところまで来ると、即席の城のような舞台が用意されていて、吟遊詩人のナレーションで、十字軍時代の劇がスタート。
Andrés DGによるPixabayからの画像
イングランド王リチャード1世が、フランス王フィリップ2世(先祖)にサラセン人たちとの戦争の許可を求め、快諾を得て戦うという内容で、手に汗握る戦争劇、アクションショーでした。大変な喜びをもって見られたとのことで、パリの人々も大きな声で声援を上げ、役者と一体になって楽しんだと思われます。

フィリップ2世は十字軍のとき体調不良この劇において、大変威厳のある役どころだったんですね。はい、フィリップ2世がフランス史における偉大な王様で、王家の大切なご先祖様だったことは間違いありません。

入城式の歌と王冠

さてそうこうしているうちに、フィリップ2世城壁のサン・ドニ門まで来ました。イザボーの輿がここを通過するとき、頭上の仕掛け扉が開き、たいそう豪華な冠を手にもった天使が2人降りてきて、歌いながらイザボーの頭に冠を載せてくれたそうです。
王冠をかぶせた2人の天使は、こんな感じだったかもしれません。後年イザボーがシャルル6世に贈った宝物“金の馬”より。
このときの歌の歌詞は、イザボー界隈では有名で・・・

Dame, enclose entre fleurs de Lys,
Royne êstes-vous de Paris,
De France, et de tout le païs.
Nous en r'alons en paradis.

フルール・ド・リスに包まれた貴婦人、
パリの、フランスの、そして世界の王妃。
我々は天国に行く。
※※※翻訳:管理人※※※

訳し方はこれで合っているのでしょうか。
英語訳ならもう少し分かるかもと思い探してみましたが、意外にもまったく見つからず。見つかり次第、更新したいと思います。

なにはともあれ、ここでイザボーは、後に起こる戴冠式の伏線として、滞りなく王冠を受け取ったのでした。

続きます。

自己紹介

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中世末期の西ヨーロッパ史、特に王家の人々に関心があります。このブログでは、昔から興味のあったフランス王妃イザボー・ド・バヴィエールについてを中心に発信します。

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